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Web用イラストを描く <後編>

さて、昨日の続きです。





陸地に続き各部をサッサカサッサカ着色していきます。
奥のみかん気球、手前のみかん気球とキャラ、それぞれの
レイヤーに分けて描いていきます。

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気球に乗るキャラの一部をフラッグに変更したことで
色気が出てにぎやかになりました。
カモメもカモメレイヤーを追加して描きます。気球に熱気を送る
バーナーを描き込み、全て着色が完了です。

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ちょっと休憩をはさんで、ここからそれぞれの部分を
更に描き込んでいきます。
形が整ったら更にそれぞれのレイヤー別にシャドウとハイライトを
追筆し立体感をつけていきます。

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はい、出来上がりました。
陸地が途中経過とは違う形になっています。仕上げている過程で
変更依頼の電話があったためです。
レイヤーを分けていて変更作業がスムーズにできました。
最終的にレイヤーを整理し統合します。


今回制作のイラストは、某町の体験型観光のための
ホームページに使用されます。
使用したソフトは Adobe Photoshopです。このソフトは時間の無い仕事には
心強い私の味方となります。
描画にはペンタブレットを使用しました。




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Web 用イラストを描く <前編>

時間のない仕事があります。
でもそんなことは日常茶飯事、特に珍しくもないわけです。
さてこの仕事も理由が何であるかはさておき、制作に時間をかけていられない内の一つです。




時間を短縮するために、下絵は鉛筆でササッ、ヒョイヒョイッと仕上げます。
大体の線が描けたならOK! それをスキャンします。

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これがスキャンした下絵です。
鉛筆の線が残っている絵もいいものですが、今回はたぶん消すことになるでしょう。
それは今回のような時間がない仕事への対応の一つなのです。もし修正や変更があった場合、輪郭から書き直す必要があるため、それが大きな時間のロスとなるわけです。

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スキャンした画像をフォトショップで開き、ベースとして使います。
この上にレイヤーを重ね、大まかに色を乗せていきます。この段階では細かなことは気にしません。ただ複数のレイヤーを使うので、どこをどのレイヤーに描くのか、そしてそのレイヤーを間違わないように、その二つのみに気を付けながら作業を進めます。
まずはバックグラウンドにあたる空と地球から始めます。空のブルーと地球(海)のブルーは色の調子を変えて変化をつけてみましょう。

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次は陸にあたる部分を「陸レイヤー」に描いていきます。
かなり大まかで雑な着色に見えますが、そのとおりです。後で形を整えることにして、色の調子やボリュームの雰囲気を見るためにザザッと描いていきます。
レイヤーを分けているので、後の修正も少々のことなら怖くはありません。クライアントの地形部分がハッキリ解った方がいいかも?と色を代えてみましょう。
黄金色?まぁ〜今はこんなもんでええでしょう。



今日はここまでです・・・・ つづく



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まつり お木曳 伊勢のまち

伊勢神宮・外宮さんのお木曳


一昨日10月15・16日は伊勢神宮の初穂曳(はつほびき)がありました。
この行事は今年の新穀を伊勢神宮に奉納するもので、神宮の「神嘗祭(かんなめさい)」に合わせて行われます。初穂曳は陸を運ぶ「陸曳(おかびき)」と五十鈴川を木ぞりで運ぶ「川曳」があり、15日は外宮領で、16日は内宮領で行われます。このお祭りは秋の収穫に感謝し祝うもので、今年で35回目を迎えます。

神宮で行われている祀りの中で最も重要とされるのがこの神嘗祭で、新穀を神様に差し上げるとともに調度品や神祭具なども新調するのです。そして出来ることならご社殿も新しくしたいものの、そういうわけにもいきません。そこで神宮では20年に一度、社や神宝など一切を新しく造り替える『式年遷宮』が行われるのです。次期ご遷宮は平成25年に行われ、今回で62回を数えるに至ります。20年に一度が62回ということなので、少なくとも1200年以上の歴史があるということになります。

この20年に一度というサイクルには理由があり、建物の美しさを保つ意味と、技術や精神を次世代に伝えるという意義があるそうです。社殿の建築にしても、その建築様式や習わしなどを次の世代に正しく伝承していくには、20年というサイクルが好ましいということなのでしょうね。

さて前述のとおり次期ご遷宮は平成25年ですが、ご遷宮に向けての行事はすでに始まっており、今年平成18年からは『お木曳』が始まります。お木曳は奉曳車に「ご用材(お社を造営する材木)」を載せ、市内を練り川を渡り神宮にご用材を奉納する行事で、奉曳車は町単位で形や飾りが微妙に違い、お揃いの祭半天を着た曳き手が町の威勢を競います。伊勢市民が最も熱狂する行事かも知れません。
7年後の平成25年に向け、何年もの時間を掛けて行う壮大な「おまつり」です。一度は見物に、あるいは参加するために、伊勢のまちを訪れてみては如何ですか。

今日は伊勢の紹介というか宣伝に終始してしまいました。私は伊勢の住人ではありません。しかし伊勢のまちとは何故か縁が深く、今もなお長い長いお付き合いの途中です。

芋たこなんきん 見てますか?

 NHK朝の連続ドラマ「芋たこなんきん」がおもしろい。
 舞台は昭和40年頃の大阪。藤山直美演じる主人公・花岡町子が、昭和40年と子供時代(昭和13年頃)の回想シーンを行ったり来たりしながらストーリーが進んでいきます。
 田辺聖子のエッセイをドラマ化したもので、時代背景もさることながら出演者にもなつかしい顔が次々と登場してきます。

 何がおもしろいか・・・・演技がどうやとか、何がどうやとか難しいことは解りません。ただ毎回必ず、いくつかの笑いどころが用意されているんです。藤山直美の仕草が、小島慶四郎とのちょっとしたかけ合いが、絶妙の間が、無条件に笑えるんですね。昨今の吉本的ではない王道の笑いのようにも思います。

 何がいいのか・・・・共演者がいい。子沢山で男ヤモメの町医者・徳永(かもかのおっちゃん)を演じる國村隼の、男気溢れる自然な演技がひときわ光っています。『ええ役者やなぁ〜』と思う一人ですね。
 しかし・・・この人・・・何かの絵本にでてくるブリキ製のロボットに似てませんか?でなければデーモン小暮閣下?

 何がなつかしいか・・・・まずは徳永医院。子どもの頃どんな病気でも怪我でも、何かあれば と に か く そこ!という町医者がありました。徳永医院もそんな感じですね。どこからともなく消毒液のニオイがしてきそうです。
 時代背景が昭和40年ということもあり、自分の子供時代の記憶とオーバーラップすることしきり。ついつい『あ、あれ・・・あんなんあったわ』とか『えぇ〜?あの時代にポリのタライなんてあったか?大阪にはあったんかなぁ〜?』とか『そうそう亡くなったお婆ちゃんがなぁ〜・・・』とか。
 昔、私の祖母は藤山直美の父・藤山寛美の松竹新喜劇をテレビで見るのが好やったんです。画面にかじりつき手をたたいて笑い、同時に目には涙をためていた。ふとそんなことを思い出しました。

 ところで『芋たこなんきん』とは、女性の好きなものを言うらしいです。あなたの『芋たこなんきん』は ありますか?

衝撃の写真!? 北朝鮮核実験の日に

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 落雷のような音とともに飛来するや突然眩い閃光を放ち・・・・まさにミサイルが爆発する瞬間をとらえた一枚・・・・ではありません。ハリウッドの世界なら、この後すさまじい爆風に吹き飛ばされた自動車が、回転しながら画面いっぱいに迫ってくる・・・・でもありません。
 実は、ある昼下がりのこと。放物線を描く一筋の飛行機雲が、傾きかけた太陽と重なった、その瞬間を車中からとらえたものです。(もちろん合成はしていません)

 さて写真画面右の方、太陽が沈み行く先の稜線には航空自衛隊のレーダー基地があります。そしてその近くには「ナイキJ」という地対空誘導ミサイルが配備されているはずなのです。
 それは私がまだ小学生の頃だったでしょうか「ナイキJ配備絶対反対!」というビラが街のそこかしこに貼られていました。10歳に満たない私でしたが、小さな町を騒がせているその「ナイキJ」とやらが何であるかに興味がありました。7つ上の兄に質問をしました。「ナイキJってなに?」「なんで必要なん?」「なんでみんな反対すんの?」と。
 当時対ソ連における有事を想定し設置が計画されたナイキJでしたが、核弾頭搭載の可能性も懸念されての地域的反対運動となったのでした。私の問いに対する兄の答えを要約すれば、概ねそのようなものだったと記憶しています。

 あれから40年近くの時を経て、ソ連は崩壊し冷戦は終結。北の脅威はソ連から北朝鮮に代わりました。そしてノドン、テポドンなどのミサイル発射実験、さらに今回の地下核実験。北朝鮮がまた新しいカードを1枚、手に入れたということなのでしょうか。
 もしこの写真の光が太陽ではなく、核ならば・・・などとつい考えてしまいます。が、そのすぐ後に、いやいや今の日本にそんな事態は起こらない!と否定する自分がいます。しかしまったくないと言い切るのは少々楽観的でしょうか。世界のどこかに「核」が存在する限り、可能性はゼロではないのですから。


ブログ第1話 お月さんの話

 さて、昨日は中秋の名月、いわゆる「十五夜」だったようですね。
 たとえ十五夜でなくとも月は美しい。そして、つきなみではあるけれど、特に満月は怪しいほどに美しい。
 あなたは満月の月の光をご存じですか?ご存じでなければ、ぜひ改めて体験してほしい。もしそれが2階の窓からであれば、近所の屋根瓦を1枚1枚照らしだし、まぶしいばかりの「甍(いらか)の波」をつくっているでしょう。
 もしそれが海ならば、そして引き潮の海ならば、月の光が干潟に出来る波の跡を浮かび上がらせ、まるで月の砂漠にいるかのような、そんな景色に出会えるはずです。

ところで、あるラジオ番組でも十五夜の話題を伝えていました。
 江戸の頃より中秋の名月というのは天候の加減で滅多に拝めないものであったようで、それでも「中秋の無月」とか「中秋の雨月」と言ってぼんやりと明るい空を見上げては天上の月を楽しんだのだそうだ。つまりそれほどに、当時の人々には十五夜の夜が楽しみだったのでしょう。
 また、そんな特別な十五夜の夜だけは(子どもに限って)お供えしてある他人の家の月見団子を盗ってもいいとか、他人の畑に入って作物や果物を盗んでもかまわないという風習があったそうです。

 秋田県には「片足御免」といい、十五夜の夜だけは片足だけなら畑に踏みいって作物を盗んでもかまわないという風習もあったそうだ。『片足を入れるくらいの範囲なら盗っていってもええよ、でも両足入れて盗ったらあかんよ!』というちょっと笑ってしまうようなルールであるが、それほどに十五夜を楽しみで特別な日として捉えていたのだろう。
 またそれは灯りの無い時代のこと、十五夜のまぶしいばかりの月あかりに照らし出されることで、どんな作物がどれだけ実っているかがよく見えたのであろう。収穫を迎えるこの時期、満月の夜はまさに絶好のチャンスだったのかもしれない。
 そしてそれは、盗みたくなるほどの作物が実っていることを感謝し、盗もうとするほどわんぱくな子どもたちが元気に育っている幸せを喜んだのだろうと・・・<某ラジオ番組より勝手に要約>

 昔の人々が楽しみ伝えたこれらの風習は、今の時代からすれば何とも大人の余裕というのか、当時の人々の器の大きさを感じずにはいられない。
いつだったか、大学のフットボール部員が女子大生に集団暴行した事件に「元気があって良い」とヌケヌケと暴言を吐いたアホな国会議員がいたことを思い出した・・・・
まさに「月とスッポン」である。